はじめに・この記事について

数多くある戦国時代関連記事サイトの中で、こちらのサイトへご訪問下さいまして、誠にありがとうございます。この記事の筆者は、小学校高学年頃からNHK大河ドラマや角川映画「天と地と」が好きになり、日本史、特に戦国時代を含める日本中世史を「下手な横好き」という言葉がある通り、素人ながらも独学で勉強して現在に至っています。否、筆者が行っていることは「独学で勉強」という大仰なものではなく、ただ単に「好きだからやっている、つまり、趣味で日本史を知ろうとしている」と言った方が正解です。
 上記のように、素人の下手な横好きで、日々自分な好きな戦国時代関連の知識を書籍やテレビなどの媒体を通じて吸収しているのですが、遂には、身の程を弁えず、一戦国時代ファンという枠組みのみでは充足感が足りないようになり、「自分の得た知識がどれ程のあり、戦国時代関連の執筆がどれほど出来るのか?」と世間で問いたくなり、現在は、戦国時代関連記事を執筆させて頂いている一筆者として、細々ながらも独自の活動を世間でさせて頂いておる次第でございます。諸事に拙い筆者に、この執筆の機会を与えて下さいましたIさんには、とても感謝しております。この場をお借りしてお礼申し上げたいと思います。

 

 その諸事に拙い筆者が、このサイトで執筆させて頂いている戦国時代関連の記事の主題ですが、『戦国武将と民衆時代考証』と銘打ってあり、民衆時代考証とは何とも堅苦しい上に、非常に専門的な用語となっている感が否めませんが、要は筆者なりに、「戦国時代と戦国武将とは何か?」「戦国大名の出自」の紹介や、「織田信長は何故、他勢力に先んじて大勢力になれたのか?」、「何故、あの有名な川中島の合戦が起こったのか?」、「過酷な戦国時代を生きた民衆の姿について」等々といった、それぞれの歴史的背景(要因)を探ってゆき、記事として執筆させて頂きたいと思っております。
 例えば織田信長は、当時の農業主流経済(米経済)の風潮の中で、商業政策・楽市楽座を実施するという商業重視者であったために、他勢力よりも豊富な経済力を身に付けて、強大な軍事力を手に入れる事ができましたが、「何故、信長が商業重視者でいられたのか?」という疑問などを地理環境要因から執筆させて頂きます。また何時になるか分かりかねますが、執筆が軌道に乗り始めましたら、閑話的存在として、「戦国大名の逸話集」や「戦国おもしろエピソード集」なども紹介してゆきたいとも思っております。

 

 この記事を執筆させて頂くに当たって、ネット百科事典ウキペディアを参照させて頂いているのは勿論ですが、それに加え筆者が私淑して止まない、歴史小説家の大家であられた『司馬遼太郎』、平成の司馬遼太郎と謳われる『磯田道史』、東京大学史料編纂所教授にして、テレビ番組で有名な林修先生と丁々発止の遣り取りが人気の『本郷和人』、名著「桶狭間は経済戦争であった」の著者『武田知弘』、名著「日本史の謎は地理で解けるシリーズ」の著者『竹村公太郎』、などといった諸氏大先生方の書籍も大いに参照させて頂いております。

 

 重複致しますが、この戦国関連記事サイトは、飽くまでも、「下手な横好き」として一戦国ファンであった筆者が、独自の視点で執筆させて頂いているので、諸説などと食い違う箇所があったり、お見苦しい箇所も多々あると存じますが、何卒ご了承を頂き、宜しくお付き合いの程を宜しくお願い申し上げます。