戦国時代とは何か?記事一覧

 日本中世史をご専門とする研修者や先生方の各氏によって諸説が挙げられていますが、凡そ16世紀〜17世紀前半日本全土(北は東北の陸奥国〜南は九州の薩摩国)を動乱の渦中に巻き込んだ時代を『戦国時代』と一般的に呼ばれています。 『戦国時代』の発端となったのは、15世紀末に室町幕府の8代将軍・義政の次期将軍就任問題が過熱し、それに付随するように、有力守護大名である山名氏と細川氏の権力闘争、斯波氏や畠山氏の...

出典は失念してしまいましたが、『乱起これば英雄が誕生する』という言葉が確かあったと思いますが、15世紀後半〜16世紀の日本は、それまでの室町幕府が打ち立てていた秩序(身分制度)が乱れ、動乱真っ只中の戦国時代でしたが、その波乱に富んだ時代であっただけに、有名無名問わず様々な身分階級出身者の戦国武将(英雄)たちが誕生し、日本各地に割拠していました。 主な戦国武将(大名を含む)の出自を探ってみると、「守...

 前回の記事では、室町期から続く「守護大名」を出自とする戦国大名の一部を紹介させて頂きましたが、今記事では、『守護代』を出自とする戦国大名たちの紹介をさせて頂きたいと思います。『守護代』というのは、鎌倉・室町期の守護大名の支配下に置かれた役職の1つであり、文字通り、『守護大名の代理人(代官)』として、上官である守護大名の補弼に当たっていました。本来、守護大名は、幕府から統治を任せられている任国地(...

 古くは朝廷・貴族政権であった平安期の荘園を管理する「荘官(有力農民層)」や武士政権のはじまりである鎌倉期の「地頭職(御家人たち)」などが各国に土着し、『在地に独自勢力を持つ武士』たちを『国人領主(国衆・在国衆)』または『土豪』などと呼ばれますが、戦国期(室町後期)になると、その国人階級を出自とする戦国武将が多く存在しました。今更ながらですが、先の記事で紹介させて頂きました「守護大名」「守護代」を...

「国人衆を出自とする戦国武将」とタイトルを打った前回の記事では、東北をはじめ国人衆の連合地帯というべき甲信といった東日本を中心に国人領主を出自としている戦国武将の一部について紹介させて頂きましたが、今回は『東海編』を紹介させて頂きたいと思います。 東海の戦国武将では、ご存知、尾張国(現:愛知県西部)守護代の織田氏・三河国(現:愛知県東部)の松平(徳川)氏といった三英傑をはじめ駿河国(現:静岡県東部...

 このサイト内で定番化?されつつある「国人領主を出自とする有名戦国武将」シリーズ。前回は井伊氏などの東海地方の国人領主について紹介させて頂きましたが、今回は「畿内」に割拠した国人領主を出自とする戦国武将について少し紹介させて頂きたいと思っております。畿内にも紹介したい国人領主を出自とする戦国武将が沢山いるので順繰りに紹介させて頂きますが、今記事では日本史(特に江戸期以降)や皇室に大きな足跡を遺して...

国人領主を出自とする戦国武将編でございますが、前回は北近江(湖北、滋賀県北部)の浅井氏について(筆者が思った以上に)長々と紹介させて頂きましたが、今回は同じ滋賀県内でも南近江蒲生郡日野に拠っていた『蒲生氏』について紹介させて頂きたいと思います。 実は、これから蒲生氏について記述させて頂くことについて筆者は楽しみにしております。筆者が好きな戦国武将の1人である当代きっての文武両道の将であった『蒲生氏...

『柳生氏 大和国(現:奈良県奈良市柳生町)』 柳が生える、『柳生』という日本でも珍しく、美しさも感じさせる姓を持った国人領主は、江戸に徳川将軍家が興って以来、剣劇などで有名な柳生石舟斎(宗厳/むねよし)・柳生十兵衛(三厳/みつよし)や柳生連也斎(厳包/としかね)などの天才剣豪を輩出し、柳生藩1万石の大名および藩祖・宗矩(通称:但馬守)より代々「将軍家剣術指南役(剣豪の家柄)」として栄えた一族であ...

 筆者のあらぬ虚栄心によって、変に格好を付けて『ボトムアップ型』『トップダウン型』といったヨコ文字を使った記事表題にしてしまった感も否めませんが、もしかしたらこのヨコ文字の方がしっくり来る読者様も中にはいらっしゃるのではないか?という期待を込めて、『上記の2字』を敢えて使わさせて頂きました。 皆様ご存知のように、『ボトムアップ(和訳:下意上達)』と『トップダウン(上意下達)』という単語は、経済投資...

 前回の記事では、「有力国人衆の集合体」によって成り立っている「ボトムアップ(中世)型戦国大名」の紹介をさせて頂き、その典型的存在として、長尾(上杉)氏・武田氏・毛利氏の地方の有名大名を好例として挙げ、彼らが強豪であったのに、何故天下の覇権を確立できなかったのか?という事を記述させて頂きました。 今記事では、ボトムアップ型戦国大名と対照的な『トップダウン(近世)型戦国大名』について、少し紹介をさせ...

古今東西問わず、世間に数多の人や様々な物資が行き交うこと、つまり『「流通」によって我々人間は日々の生活している』ということを考えると、『人は先祖代々、流通によって生かされ、世の中が発展してきた。昔から現在、そして未来も、人は「流通時代」を生きている』と言えると思います。 現在でこそ、(道路などインフラ整備や流通手段が未熟な途上国除きますが)、日本を含める世界各国では「陸空海の路」の交通網が整備され...

以前の記事(戦国時代の流通)では、主に「五畿七道」といった古代に敷設された官道、武部健一先生著の『道路の日本史』(中央新書)を参照させて頂き、戦国期の「陸路」を中心に説明させて頂きましたが、今記事では、現在でも日本を含める全世界の主要流通となっている(戦国期の)『海路/水運』について紹介させて頂きたいと思います。 陸路では古代(7世紀後半)頃から中央(京都・奈良)と地方を繋ぐ東海道・東山道・北陸道...

古代(6世紀末頃)に律令制度が整えられることによって、畿内(中央政権、大和および山城)と地方を結ぶ東海道・山陽道といった古代官道の敷設(陸路整備)が本格的に行われるようになり、民衆宗教や武士政権が勃興した中世(平安末期〜鎌倉期)になると、地方と地方を結ぶ街道(参道や軍用路)も敷設され始めました。また戦国期になると、各戦国大名は、迅速な軍事行動および領内の商業物流発展を目的として、自領内での道普請な...